私たちは人間に生まれました。そこにはどんな意味があるのでしょうか。また、この私は何のためにこの世に生まれてきたのでしょうか。
フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルさんは、「実存は本質に先立つ」という言葉を残しています。言い換えると、私たちは何のために生まれてきたのか(=本質)ということに先立って、つまりそれが決まる前に、この世に生まれてきた(=実存)ということです。
身近にあるもので考えてみましょう。例えば消しゴムは何のためにあるのでしょうか。いろいろな考えがあるかと思いますが、一番の目的(=本質)は字を消すためです。でも、消しゴムはこの世に誕生してから、字を消すという役割を与えられたわけではありません。目的(=本質)が先にあって、その目的を果たす物として作り出された(=実存)のです。
ここまでみてきてわかるように、人間が作り出すものはすべて「実存に先立って本質がある」、つまり「ある目的のために生み出されてきた」と言えるのです。
しかし、人間はその逆です。サルトルさんの言うように「実存は本質に先立つ」、言い換えると「何のためにという問いに答えが与えられる前に生まれてきた」のが私たちです。
人間だけではありません。他の動物も植物も、また山や海といった自然はすべて、何のために生まれてきたのかということがはっきりする前に生まれてきたのではないでしょうか。ということは、私たちが「いったい何のために生まれてきたのだろうか」という問いを持つのは当然のことなのかもしれません。いや、持たなければならない大切な問いなのではないでしょうか。
なかなか答えの見つからない問いです。でも、「問いを持って生きる」ということが大切なのです。
ジャン=ポール・サルトル
哲学者(フランス)
真宗大谷派学校連合会
『生まれる 生きる 生かされる』
(東本願寺出版)より
著名人 2026 11