僧侶の法話

言の葉カード

 人間は思い込みの激しい生き物です。また、わからない、できないということを不安に感じ、わかりたい、できるようになりたいという欲求を強く持っています。それ自体は悪いことではありません。そういう思いが人を成長させます。
 しかし、なかなか理解できないことや簡単にはできそうにないことに出会うと、身につくまで学ぶという意欲が失われ、その途中で「まあ、いいか」となってしまうことがよくあります。そんな時、知らず知らずのうちに、わかったつもり、できるふりをする私が誕生してしまいます。

 本当のことがわからないと、本当でないものを本当にする。
 安田理深『信仰についての対話I』(大法輪閣)

 この言葉にあるように、「よくわからないけど、こういうことにしておこう」ということがありませんか。わからないままの自分で居続けることができず、わかったことにして次に進む。そしてそれがいつのまにか積み重なり、ほんとうは何もわかっていないのにわかったふりをして、ごまかして生きている。そんなことはないでしょうか。
 「無明(むみょう)」という言葉があります。「真理に暗い、ほんとうのことに出会っていない状態」のことです。しかし、私たちはわかっていないということが、わかっていないのです。問題なのは、わかっていないのにわかったつもりで生きている在り方で、それが無明なのです。

安田 理深氏

真宗大谷派学校連合会
『生まれる 生きる 生かされる』
(東本願寺出版)より
法話 2026 07