著名人の言葉

言の葉カード

 「哲学」というものは一人で行う、考えていくことだと思い込まれている人が多いような気がしますが、全くそうではありません。むしろ協同的な営みです。「生まれてきたことは悪なのか」のような哲学的な問いは非常に偉大な問いですから、私一人で支えきれるわけもなければ、一人で問えるわけもありません。よく「哲学って難しい」みたいな形で回収されてしまいがちですが、それは一人で考えているからであって、そのことを問いとして抱えていくには他者の存在が絶対に必要なんです。

 私自身、哲学対話という取り組みを10年程行っていますが、問いの大きさに関わらず「ちゃんと一人で考える」ということですら他者の存在が必要なんです。あえてこういう言い方をすれば「他者を使って私が深く考えている」みたいな時間が哲学対話にはあります。誰かが何かを言ってくれたおかげで「私」がより深まることができる。意識的にも無意識的にもお互いが協力し合い、一緒に探求していくことにつながるんです。
 ただし、哲学対話は悩み相談の場ではありません。誰かが起こした問いをみんなで聞いてあげるとか、悩みの相手をしてあげるとかではなく、「問い」をみんなで。肩にかかるそれぞれの重さは違っても、みんなの肩にそれがかかっている、触れているという状態。そうなることで初めて問いを問いとして背負い込むことができるという場合があると思います。

 私は「問い」というもの自体がすでに呼びかけだと思っています。他者からの呼びかけとなったり、他者への呼びかけともなる。「なぜこの世に生まれてきたのか」などという問いが起こったとしたら、それは私にも向けられている。そしてまた、「あなたはどう思う?」と他者へも呼びかけている。「生まれてきたことは悪なんですかね?」という問いを誰かが起こしたとしたら、それは私自身にも呼びかけられている。他者の存在は大事だということを、哲学対話を行う中で日々感じています。

永井 玲衣氏
哲学研究者

サンガネットシンポジウム(2022年9月)より
著名人 2023 05