これは、『相応部経典(そうおうぶきょうてん)』の中の「燃焼経(ねんしょうきょう)」と呼ばれる経典の一節です。この経文は「すべてが燃えているとはどういうことか」と続き、眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)という6つの感覚器官、そしてそれらの感覚器官の対象である色(しき)・声(しょう)・香(こう)・味(み)・触(そく)・法(ほう)が燃えているのだと説いています。さらに、それらの感覚器官が対象に接触したときに生じる認識作用も燃えているとされます。では、何によって燃えているのかというと、それらは貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・愚痴(ぐち)の火によって燃えているのだと説明されます。つまり、私たちの貪りや怒り、愚かさによって、この「私」という存在が燃え上がっているのだとブッダは教えています。
現代では、インターネット上で、特定の対象に対して誹謗(ひぼう)中傷や批判などが集中する現象を「炎上」と言います。「〇〇が炎上」というニュースを目にするたびに、このブッダの教えが思い浮かびます。一方で、私たちは普段、「炎上」という言葉を耳にしても、炎上しているのも炎上させたのも私ではないと、どこか他人事(ひとごと)のように捉えているのではないでしょうか。しかし、ブッダの教えによれば「炎上」は他人事ではなく、私たち自身の問題なのです。私たちは、貪(むさぼ)り執着し、怒りに駆られ、愚かさによって思考停止し、自らを炎上させてしまうことがあります。そして、私が炎上することによって、誰か他者を傷つけてしまうのです。
ブッダは、燃え上がっている自分自身を見つめ、その炎上している心を厭(いと)い、そこから離れるべきだと説いています。ブッダの教えに学び、自らの感情に振り回されることなく、炎上しない自分のあり方を探求していきたいものです。
- 比丘
- ブッダのもとで出家し、仏弟子になった修行僧
『相応部経典』「燃焼経」
光華女子学園HP
「今月のことば」(2024年11月)より
教え 2025 12