著名人の言葉

言の葉カード

 小学校の頃、大人たちから将来の夢はと尋ねられると、生意気にも科学者になってノーベル賞をもらいたいと答えていた。もっとも、父親が日本初のノーベル賞受賞者湯川秀樹さんのことを褒めそやすのに感化されて、ノーベル賞がなにかもわからずにそう答えていたというのが実情である。なんともたわいない話である。そして、あの夢は実現しなかった。
 大人たちわれわれは、こどもたちに「夢をもて」と言うけれど、その後のことを言わない。人生においてほとんどの夢は実現することがない。ほんの一握りの人が幸運にもその夢に辿り着くことができる。ということは、夢が実現しなくてもよいのである。夢が実現しようとしなかろうと、その人の人生はそれ自体で充分意味があるのだから。夢に破れたら、それで自分が無価値になるなどということはない。
 大切なのは夢に破れた後である。あらたに別の夢を探すというのもいいだろう。しかし、才能にも幸運にも恵まれないわれわれにとって必要とされるのは、どこかで夢に別れを告げるということである。ノーベル賞受賞の夢が破れたとき、その夢によって自分が何を目指していたのかを反省する。名誉が欲しかったのか、賞金目当てであったのか。もしそれだけのことなら、そんな夢はさっさと捨てるがよい。もし、その夢のなかに他の多くの人々、いやすべての人々にとっても価値あるものが見いだされるなら、その方向に着実に歩んでいけばよい。そのとき、それはすでに夢ではなく、いかにささやかでもひとつの理想となる。

池上 哲司氏
大谷大学真宗総合研究所 東京分室長

「サンガ」№137『real time』より
著名人 2019 09