著名人の言葉

言の葉カード

 絵本に関しては、誰の価値観でもない、おれ自身の発信というのを大原則にしたいわけだ。だから、おれの本で「仲良くしようね」みたいな結論は絶対ないはずだよ。でも、「児童書」っていうのは、世の中の決まりといった物語を子どもに教えようとする。おれの「絵本」はそうじゃない。どうやら似て非なる作業をしているんだよね。
 だって、「この物語だけは真実だ」なんてことを言うのは不可能に近い。でも、考えてみたら、みんな、誰かが作った物語のなかで生きているという感じはつくづくする。教育というシステムはその最たるものだよね。もっと言うと、国というような組織、何々人だとか、これも誰かが作ったものだ。はっきり言って自分の物語じゃない。色々な物語があって、ある物語から別の物語へと、行ったり来たりするしか生き方がないわけだよ。だから、そういうふうに行き来する力は身に付けたいよね。日本人だとか東京都民だとか、もっと言うとアジア人、もしかして地球人だよね、という物語の箱のなかにいて、いや、そうじゃない、ただの個人だよねっていう、また別の箱もある。
 そのなかを行ったり来たりする力を養う必要がある。これは誰かが作った物語で、出入りは自由だよねっていうような感覚。つまり、嘘の箱がいっぱいあるわけだ。しかも、そういう嘘はぜんぶ脅しになってくる。「ご飯を食べてすぐに寝ると牛になる」とかな(笑)。
 もっと根源的に言ったら、人間って何もわかっていないからね。そういう安心感があるよ。つまり、21世紀の今日まで来て、実は何もわかっていない。何も答えが出ていないよね。だから、探し続けるしかないだろう? そういう格好だよね。おれはニュートンとかダーウィンが大好きだけど、彼らの何が好きかって、何も答えを出していないよね。自分がずっと見てきた現象について「こうじゃないだろうか」って仮説を提示しながら、続く人に課題を贈っている。アインシュタインもそうだよね。後を頼むぜ、よろしくねって感じ。
 三流、四流の学問は、これが結論、答えだと言う。「これからはこういう時代だ」とかね。次の世代に向かって「これだけを信じて生きていけ」なんて誰にも言えない。そんなことはわからない。だから、おもしろい。
 つまり、お前が判断するしかないよな。自己っていうことについて葛藤するしかないんだろうなと思うんだよね。おれも遅まきながらやってますって感じだ。実際はな。答えなんか出ていない世界で、答えが出たような顔をしちゃいけない。
 いつの時代もそうだけどね。その時代のなかで悩み続けるしかない。しかも悩むって暗いことじゃなくて、結構楽しいことだよなっていうのが、おれのスタンスかもしれない。悩んだり楽しんだりしながら、「お前はどう思う?」って絵本を出す。おれにはそのかたち以外、ないんだよ。

五味 太郎氏
絵本作家

月刊『同朋』2025年9月号
(東本願寺出版)より
著名人 2026 02