最初は、ホンワカした空気に包まれ、心地よい時間が流れていく。聞き慣れない、それでいて体内最深部まで入り込むリズムの反復、なんとも脳天気なメロディに浮遊感がとまらない―。
バンコクの裏路地にある紫煙に煙った小汚いカフェ、そこで僕はボブと出会った。
ボブが生まれたジャマイカは、中南米のご多分に洩(も)れず、欧米に恣(ほしいまま)に収奪されているカリブの島国だ。父は大会社を経営する61才のイギリス人、母は16才のジャマイカ人。6才で父に引き取られるが、父の友人に預けられ、その後父は二度と姿を見せなかったという。10才の時父は亡くなり、母とともに首都キングストンのスラムでの生活。そして音楽と出会い、17才頃ミュージシャンとなる。28才でメジャーデビューするが、3年後、コンサートのリハーサル中に銃撃、その後世界的に活躍するも、35才で体調に異変、悪性の脳腫瘍と診断。翌年死去―。
なんなんだこの不幸は。
ライブビデオの中のボブに笑顔はない。苦悩する哲学者のような表情で、体を揺らしながら淡々と歌い続ける。そこに、不幸から生まれ出したはずの鬱憤(うっぷん)や呪詛(じゅそ)、怒り蔑(さげす)み、開き直り、一切のネガティブな要素はない。それの代わりにフワフワとしたレゲエのリズムにのるのは、苦しみの中から花開いたやさしさだった。
ボブ・マーリー
シンガーソングライター
大谷中学・高等学校
創立150周年記念HP「如是我聞」より
著名人 2025 12