僧侶の法話

言の葉カード

 「人に迷惑をかけてはいけない」。この言葉を知らない人はいないと思います。私たちが生活していくうえで、これほど大切な教えはないでしょう。この教えは、親から子へ、子から孫へと、何十年も、それこそ何百年も前から伝えられています。ところが、この教えは本当に正しいのでしょうか。親鸞聖人は、この教えに対して、「ちょっと待ってください。それは本当に正しいのですか」と問うてくるのです。
 それでも、私たちは「迷惑をかけたらアカン」と小さなころから言われて育ちました。自分が大きくなってからは、子どもに対して「お前も中学生になったんやから、これからはひと様に……」。あるいは、仕事で失敗した同僚や部下に、この言葉を口にしたり、あるいは心の中で思ったりしたことは一度や二度ではないでしょう。

 ここでちょっと足を止めて考えたいのです。「迷惑かけたらアカン」と私たちは人に対して言いますが、もしこの言葉を自分に言われたときはどう思うでしょう。素直に「そうでした。私は皆様に迷惑ばかりかけていました。申し訳ございません」と、心の底からあやまれるでしょうか。あやまることができたら、たいした人物だと思います。たいがい、あやまるどころか気を悪くするでしょう。
 私たちは、親が子どもにこの言葉を言うことは、当たり前と思っています。しかし、子どもから「お父さん、迷惑かけたらアカンやろ」と言われたら、お父さんは形相を変えて怒り出すかもしれません。
 人に言うだけ言って、反対に自分が言われて腹の立つことを、人には言う。そして、人を腹立たせることは、人に迷惑をかけることです。何かおかしいです。極端な話をすれば、本当に誰にも迷惑をかけずに生きていこうとするならば、離れ小島にでも行って一人で暮らすことです。でもそうなったら、肉親や友人は「アイツ生きてるやろか」と、たいへん心配します。心配をかけるほど迷惑なことはありません。
 そんなことを考えますと、人間とは他の人に迷惑をかけずには、生きていけない存在だと知れるのです。

 「ひと様に迷惑かけたらアカン」。これは道徳の言葉です。しかし、これを真宗風に言い直したら、「ひと様に迷惑ばかりかけている自分に気付きなさい」となるのでしょう。このような謙虚さを親から子、子から孫へ伝えていきたいものです。

河合 清閑氏
真宗大谷派 僧侶(石川県)

「スカッ!!と念仏」※絶版(文芸社発行)より
法話 2020 12