著名人の言葉

言の葉カード

 「ねばならない」とか、「こうすべきだ」という、私はそういう生き方が割と強かったものですから、それで心も体もずたずたになった経験があって、今ではそれは違うなと思っているんですね。台風の後、丈夫な木が折れて、へなへなな木が残っています。へなへなでいいんじゃないかと思ったんですね。人に優しくというけれども、まず自分を痛めつけたら、それはもう違いますね。だから、しなやかな心で、喜びをもってやらなければ何も実にならないと気づいたんです。

 アンパンマンについて自己犠牲という言い方がされますが、やなせ先生が私に言ってくださったのは、犠牲じゃないんだ、アンパンマンは幸せなんだ、と。自分の役割に気づき、それを喜んで生きているから幸せだよ、と。そう言われてみると、パンをちぎって食べて、美味しいという誰かの顔を見て、「ぼく胸がほかほかだよ」「ぼくはこのために生まれたんだね」と言っているんですね。だから自分の力に気づいて、自分の役割を果たしたときに、人って本当に幸せなんだと思います。

 私は31年間バタコさんの声を演じています。バタコさんは少し地味なタイプですが、先生は「バタコさんは美しい」と仰いました。バタコさんは自分の得意な事でみんなの役に立ち、その生き方に喜びを感じています。シンプルな服なのも、飾る必要が無いからです。きっと、生き方そのものが美しい、と仰ったんだと思います。今はその美しさがよく分かります。そしてバタコさんの役は「行ってらっしゃい」と「お帰りなさい」の役だと。私は若かったので、もうちょっと活躍せんのかい、と思ったんですけど、先生は「行ってらっしゃい」と「お帰りなさい」がすべてで、その間に人生があるのだと。それが一番大事なんだと言ってくださったのが、ずっと胸に残っています。

佐久間 レイ氏
声優・劇作家

真宗会館広報誌『サンガ』163号より
著名人 2023 08