上の子を妊娠していた時の話ですが、出産を終えた大学の後輩のところに遊びに行ったんです。彼女は仕事を辞めて専業主婦になっていたんですが、周りのママはみんな育休中。「仕事は何をしているの?」と聞かれたので「家事と育児です」と答えると、「うん、で、仕事は?」と問い返される、と。彼女は冗談っぽく話してくれましたが、他のママにとっては、家事と子育ては仕事じゃないということですね。働きながら子育てすることが当たり前になり始めた頃の話です。時代が大きく変化する、その狭間にいる人たちを書いてみたくなり、『対岸の家事』を執筆しました―。
この作品がドラマ化され、視聴者より多くのご意見をいただきました。対立や分断を越えて、人と人とが手を取り合っていく姿がよかった、という感じの意見が大半を占める中、「結局ここで描かれているのは個人としての孤独だ」とのご指摘にはハッとしたんです。現代では、自由な生き方が当たり前になり、それぞれの多様性が重視されています。ただ、それは同時に、自分と同じ生き方をしている人が減ったということでもあります。子育て一つにしてもご家庭によってさまざまですからね。
小説の登場人物である専業主婦の詩穂と働くママの礼子、育休中のエリート官僚でパパ友の中谷。この3人を結んでいるのは同じ年頃の子どもを育てているという事柄だけで、子育てが終わればまた別の生活が始まる。教育方針が違うから、いずれはバラバラになっていくかもしれませんね。詩穂と夫の虎朗(とらお)だって育った環境が全然違うから分かり合えないことが出てきて当然です。先ほどのとおり、登場人物はみんな絶対的な孤独を生きていて、それは現実を生きる私たちもまた同じ。今はプライベートに踏み込みづらい風潮がありますが、『対岸の家事』という作品が立場の違う人同士のコミュニケーションのきっかけとなればと思っています。
朱野 帰子(あけの かえるこ)氏
作家
真宗会館広報誌『サンガ』198号より
著名人 2026 03