私の中で人を支援するということは、自分の価値を疑うことだと思っています。つまり、自分のあたり前が通用しない人と出会う。朝8時に起きるのがあたり前だと思って暮らしてきた人が、昼夜逆転している人と話す。その人に「昼夜逆転はおかしいだろう」と言っても問題は解決しません。その人がより良く生きるということが目的であって、お説教することが目的ではないのです。
そうすると、その人のあたり前に対して自分が「なんで俺は、これをあたり前と思って生きてきたんだろう」と捉え返すことで、初めて対人支援ができるのです。だから人を支援するというのは、自分を捉え返すということで、その延長線上に成熟した大人のあり方もあるのだと思います。
湯浅 誠(社会活動家)
親鸞フォーラム抄録『sein vol.5』より
著名人 2018 12