著名人の言葉

言の葉カード

 かつて秋月龍珉(あきづきりょうみん)という禅宗の僧侶が、埼玉医科大学という医療系の大学で教授をしておられた時、講義の中でこんな話をされたそうです。〝皆さんがこれから医療の世界で仕事をすることは、人間なら誰一人逃れられない生老病死(しょうろうびょうし)という苦しみに関わっていくことになる。その生老病死の四苦(しく)に2500年も取り組んできた歴史をもっているのが仏教だ。つまり医療と仏教は同じ課題に向き合っているのだから、医療に携わる者は仏教の素養をもってほしい〟と。
 私はその言葉を本で読んで、とても勇気づけられました。なぜなら、それまで別のことと思っていた聞法(もんぽう)と医者としての仕事が、同じことを課題にしていると知らされたからです。その言葉に励まされて、医療と仏教というふたつのことにずっと関わり続けることができたのだと思います。

 本当に人間を救うのは、医療ではなく仏教だと思っていた
 私がまだ現役の外科医だった頃の話です。大腸ガンの患者さんの手術を執刀し、その後5年間ほど経過を観察した結果、再発の兆候が見られなかったため、「もう大腸ガンの心配はありませんよ」とお伝えして、かかりつけの開業医の先生に後をお任せしました。ところが、その2年後に、その患者さんが病院へ戻ってこられたのです。黄疸(おうだん)で全身が黄色くなった状態で…。調べると、新たにできたすい臓ガンが肝臓に転移し、もう手のほどこしようのない状態で亡くなられたのです。
 その時、本当に一人の人間を救うのは医療か仏教かと考えたんです。医療は結局、その方が老病死につかまるのを5年か7年ほど遅らせただけでした。こういう場合、医療は常に敗北に終わるわけです。それに対して仏教は私たちに〝生死を超える道〟を示してくれます。生死を超えたらどうなるのか。「人間に生まれてよかった、生きてきてよかった」と人生を生き切っていける可能性が開かれるのです。

田畑 正久氏
医師・龍谷大学大学院教授

月刊『同朋』2019年2月号(東本願寺出版)より
著名人 2021 04