著名人の言葉

言の葉カード

 これまで、筆舌に尽くし難いことを経験した人たちにお会いしてきて、その心の傷にふれる機会を与えられてきました。本当にぎりぎりのところを生きのびてきた人たちに接していると、「生きるって、どういうことなのだろう」とか、「優しさってどういうことなのだろう」といったことを考えさせられます。その中で、私自身は、人間存在の悲しさを強く感じています。なぜ、こんなに苦しいことが人を襲うのか、また、人と人が苦しめ合うのかといったことに悲しさを感じるのです。ただ、一方で、「ここに在(あ)る」ということが、何かおそろしくありがたいというか、奇跡のようなことではないかとも思うのです。

 今、この世界には、災害だけではなく紛争や迫害なども起きています。人間はいいことだけではなくて悪いこともたくさんしてしまいます。傷つけたくないけど傷つけてしまったり、慈しみ合いたいのに傷つけ合ってしまったり、ということもたくさんおきます。憎悪が連鎖していくこともあります。人間とは何かということが大きく問われている時期でもあると思うのです。
 傷を美化することはできないと思いますし、なければない方がいいと思います。ただ、傷をどう乗り越えていくかを考えると同時に、傷つけ合う中で生きざるを得ない人間の弱さに、ちゃんと向き合っていく。このことは親鸞聖人の教えとも通じるようですね。とても大事だなと思います。
 東本願寺(京都)の前で「今、いのちがあなたを生きている」という言葉を見た時、今在ることを受け入れるまではいかないまでも、受けとめていくことの大切さを感じました。

宮地 尚子氏
精神科医師・一橋大学大学院教授

「同朋新聞」2019年3月号(東本願寺出版)より
著名人 2021 08