誰もが一度は耳にしたことのあるこの言葉。これは室町時代に能を大成した世阿弥(ぜあみ)の言葉です。一般的には、初めの志(こころざし)を忘れてはならないという意味に理解されていますが、実はもう少し複雑な意味を含んでいます。世阿弥が言った初心とは、「若い時の気持ちに返って」という意味に限りません。人生の中にはいくつもの初心があって、老後には老後の初心があるとされます。世阿弥は決して「心も体も若くあれ」と言ったのではありません。体力を保つことだけでなく、歳を重ね、老いに向かっていく人生の中で、いかにして花を咲かせるか。思い通りにならないことが増えていく中でも、その時にしかできない花の咲かせ方があると、この言葉は教えてくれています。
老いに限らず、病いや死、さまざまな側面において、私たちの人生は思い通りにならないことで溢れています。「なんで私なんだ…」と思いたくなることも生きていればたくさんあります。けれど、上手くいかない時の自分も、思い通りにいかない時の自分も、そのままに受け止めながら私の花を咲かせていきたいです。
伊藤 智氏
大谷中学高等学校教員
月刊『同朋』2022年8月号
(東本願寺出版)より
著名人 2024 12