僧侶の法話

言の葉カード

 親鸞聖人が仏教を日本に広めた人物として尊敬する聖徳太子は、「十七条憲法」という文章を遺しました。その十六番目の条文には、次のような一節があります。
  其(そ)れ農(なりわい)せずは何をか食(くら)わん
 「農業をしなかったら、何を食べるのか」。当たり前と言えば当たり前のことですが、私たちが暮らす社会はこのことが見えにくくなっているなぁとこの一文から改めて感じました。

 近くの田や畑、海、山で採れたものだけを食べていた時代は過ぎ去り、農作物や肉、魚介類が世界を流通する時代になりました。農作物を含む自由貿易の促進・拡大を図るTPP協定に、日本は2013年から交渉参加し、協定は18年末に発効しました。日本政府は「攻めの農林水産業への転換」を謳(うた)い、競争力を高める取り組みを進めています。
 農林漁業が「競争力」という基準で営まれるようになったのは、いつのころからでしょうか。そもそも農林漁業は競争すべきものなのでしょうか。私たち自身も農林漁業を「儲からない仕事」と見下し、尊敬を忘れてしまったのではないでしょうか。
 農業とは、自然を人間の都合で作り変えることです。田んぼは農民の長年にわたる開墾の結果ですし、林業は自然の植生を変えることでもあります。西山さん(※)が畑の虫をつぶしながら農業とは何かを考えるのも、農業が抱える「罪」の問題を考えているのだろうと思います。

 私たちは農業を営むことで社会を築いてきました。そして農業を営み、自然を作り変える中で、さまざまないのちを犠牲にしてきました。そう考えると、「其れ農せずは何をか食わん」という言葉も、そうしないでは生きられない人間にとって悲しみの言葉に聞こえてきます。農林漁業への尊敬や恵みへの感謝とは、私たちの贖罪(しょくざい)の心の裏返しでもあるのではないでしょうか。

西山誠一
農業を営んでいる真宗門徒が集まる「農家奉仕団」を創設。

藤 共生氏
真宗大谷派 福圓寺(福井県)

月刊『同朋』2019年10月号(東本願寺出版)より
法話 2023 06