仏教の教えについて

言の葉カード

 「天命」とは、儒教の言葉で、超越的な天の命令を表します。一方の「人事」は、人間のなしうる仕事を表します。一般的に諺(ことわざ)として広まっているのは、「人事を尽くして天命を待つ」です。これは、なすべきことをし尽くしたら、最後は天の命を待つ、大いなるものにお任せするしかないといった意味になるでしょう。
 ところが、明治期に活躍した真宗僧侶の清沢満之(きよざわまんし ※)は、若者に向かって話した「他力回向(たりきえこう)」に関する講話のなかで、それをひっくり返して「天命に安(やす)んじて人事を尽くす」と言いました。まずは大いなるものに身を任せ、その上で人事を尽くしていく。つまり、順番が逆だというのです。
 清沢は、私たちにこの世を生きていく道、世を処する道が開かれるには、第一に私たちの存在を支えてくださっている「完全なる立脚地(りっきゃくち)」を見いださなければならないとも言います。ここで言うところの「立脚地」とは、転ばないための根拠といったものではなく、むしろ安心して転ぶことのできる大地を表します。倒れそうになれば安心して倒れればいい。また一歩踏み出すことのできる力が湧(わ)いてきたなら、その時にゆっくりと立ち上がればいいのだ。清沢が大切にしていた人間観は「人間はみな弱いんだ」でした。
 この立脚地を見いださないままに処世術(世を処するためのすべ)ということに走ってしまえば、それはただ闇雲に迷うことになってしまいます。ですので、まずは私たちの存在をそのまま支えてくれる大地を見いださなければならない。そして、その大地の上で、もしも転んでしまっても大丈夫だと安心して、それぞれの自分でなければならない仕事に力を尽くしていく。それこそが他力の教えに根ざした「天命に安んじて人事を尽くす」という生き方であるということでしょう。

清沢満之(1863~1903)
明治期に活躍した仏教者、哲学者、教育者。真宗大谷派僧侶。

清沢 満之

名和 達宣氏
真宗大谷派 教学研究所所員
寺子屋ウェビナー「コロナ時代に不安と弱さを見つめる」より
教え 2022 06