僧侶の法話

言の葉カード

 教育改革では、3つの柱が立てられています。「個別の知識・技能」という学習面と、「思考力・判断力・表現力等」というものを大切にすること、そして「学びに向かう力、人間性等」です。その三つ目の柱は、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るのか」と言われています。学習面や、応用などの力は、今までも言われていて分かりやすいものですが、三つ目に関しては正解があるでしょうか。
 人によって、「よりよい」というのは違ったりします。人との関わりを大切に生きる人、仕事を大切にしたい人、趣味を充実させた人生を送りたい人など、様々です。どれが正解とは言えません。これを子どもたちに伝えるわけですから、先生もこのことを考えなくてはなりません。何も正解を出せというのではなく、これを大切に思って生きることを、子どもたちに見せましょうということです。
 子どもは大人を見て育ちますから、このことを考える視点を大人から学んでいきます。この柱は、子どもに対するメッセージであると同時に、実は大人へのメッセージでもあるわけです。
 親鸞聖人の『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』に「安楽集」(道綽/どうしゃく ※)の言葉を引いて、「前(さき)に生まれん者は後(のち)を導き、後に生まれん者は前を訪(とぶら)え、連続無窮(むぐう)にして、願わくは休止(くし)せざらしめんと欲す。無辺の生死海(しょうじかい)を尽くさんがためのゆえなり」とあります。大人と子どもの関係で言えば、前に生まれん者とは大人で、後に生まれん者は子どもです。大人は子どもを導き、子どもは大人を訪ねることが、ずっと繋がり続けて止まらないことを願われているのです。無辺の生死海は、私たちの現実世界です。尽くすというのは、そこを生ききっていくことです。
 このことからも、私たち大人が生き方として子どもに示していかなくてはならないことがあるのです。生きることの課題と真剣に向き合ってこそ導きとなり、また子どもたちも訪ねていくようになる。あるいは一緒に考えていく課題の共有ともなりうるのではないでしょうか。子どもたちの課題を通して大人たちが一緒に考えていこうというのが、今の教育改革の一番大切なポイントであると思います。

道綽(562〜645)
中国の僧。親鸞の思想に影響を与えた七人の高僧のうちの一人。

冨岡 量秀氏
大谷大学教授

「南御堂」新聞2019年5月号
(難波別院発行)より
法話 2020 04