大学で教えている若い人たちって、虫を怖がる子が多いんです。うちの子どももね、風呂場で虫が出たらギャアって言います。かわいらしいんですけどね。仏教というのは、人間の感覚を呼び覚ます宗教だと思います。学生の人たちは普段はすごく意識的に生きているんですね。偏差値教育とかはその最たるもので、数字を見て自分を決めるんですね。
山の寺で二日ほど心理学の講座をしたりすると、『また来たいです、このお寺に』と言うんです。それはもう森の精気に触れている。いろんな木々の音、匂い、それから鳥の鳴き声なんかに触れて、感覚がどんどん戻ってきている。『癒されました』と言って帰るんです。だから若い人や子ども達は自然とか世界とか、さまざまな生命との交わりから隔離されているのだと思います。
人間は意識だけの世界で合理的にお金が儲かったら幸せになれると思って、そっちにがっと舵を切った。二百年前ぐらいからですね。それでようやく豊かな生活にはなったけど、まったく幸せじゃないって気づきはじめた。そしたらどうしたらいいんやって。ぼくなんかに言わせると、いやいや意識があり過ぎんねん。もうちょっと感覚に目覚めようと。隔離されてフリーズされてしまった感覚を、お湯を入れて解凍しましょうというのがぼくの意見なんです。
名越 康文氏
精神科医
「サンガ」№147より
著名人 2019 05