人は、断ちがたい欲望に支配された世の中に生活している。そこでは生れるのも独り、死ぬのも独りである。どんな境遇に至ろうとも、それを引き受けて生きるのは他ならぬこの身、独りである。
この洞察は、釈尊(しゃくそん/お釈迦さま)が人間の生の現実を教えるところに語られています。世俗社会の欲望にまみれている私たちは、群れ集まっても最終的には孤独だと言うのです。「他者を押しのけて貪(むさぼ)り、互いに争い傷つけ合い、孤立する不安におびえる自分たち人間のありさまをしっかりと見つめ、そのような生き方を哀しみ傷むことから歩みを始めよ」。釈尊はそう教えているのです。
多くのいのちが「共に生きる」世界を実現するためには、飽くなき欲望を自覚させ、対立するものの間にも共存できる関係を築かせるような、大いなる智慧(ちえ ※)の働きが必要です。そのような智慧を分かち合っていく道の第一歩は、孤独な自己の在り方を深く哀しむことなのです。その傷みを感じさせ、「共に生きる」理想の実現に向かって人間を動かすものこそ、宗教がもたらす真実の智慧なのでしょう。
- 智慧
- 知識や教養を表す知恵とは異なり、自分では気づくことも、見ることもできない自らの姿を知らしめる仏のはたらきを表す。
『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』
大谷大学HP「きょうのことば」2009年3月より
教え 2019 08